2021年 3月4日

「何か悲しいことがあるのか。悲しい時には、あんまり小さい動物などを瞶めると心の毒になるからお止し。悲しい時に蟻やおたまじやくしを見てゐると、人間の心が蟻の心になつたり、おたまじやくしの心境になつたりして、ちつとも区別が判らなくなるからね。(そして土田氏は、おたまじやくしの罎を幾重にも風呂敷で包んでしまひ階段の口に運んで)こんな時には、上の方をみて歌をうたふといゝだらう。大きな声でうたつてごらん」

 

(尾崎翠『歩行』)

 

大学1年の秋学期に「情報」の授業でwordの操作を習った時、タイピング練習の文章として使われたのが上の尾崎翠『歩行』抜粋だった。

 

尾崎翠」という名前は知らなかったが、なんて不思議な文章を書く人だろう、と上の文章を読んで思った。すごく変わったことを書いているのに、それが何故か感覚的にわかってしまう不思議な感じ。まさに一目惚れだった。

 

その授業が終わるとすぐぼくは大学近くの三省堂に走った。そして尾崎翠という作家の作品のほとんどが収められている『尾崎翠集成 上・下』(ちくま文庫)を買った。

 

そして家に帰る電車でパラパラ読み始めた。それから数日間上巻の『第七官界彷徨』から下巻の『アップルパイの午後』までを貪るようにして読んだ。飽き性な自分が、ひとつの作家の作品群を読み進めた読書体験は、後にも先にもこの時だけである。

 

よくわからないけど、ものすごくいい。読み終わった時僕は自分が大学で本当にやりたいことが見つかった気がした。尾崎翠のことをもっと知りたい、勉強したい。このテクストの豊かさを論理的に紐解きたい、うまく言葉にならない感動を言葉にしたい。そう思った。

 

後日 「情報」の先生にこのことを報告するととても喜んでいた。先生は、あなたみたいな人がいるから、こういう教材を選んでるんだよ、と言った。「情報」を担当している先生は近代文学の研究者で、尾崎翠も専門にしているらしい。

 

尾崎翠を研究対象に決めたのは良いものの、それ以降研究書などを読むことはなく、白樺派の文学者やカート・ヴォネガットなど様々な文学に手を伸ばして、『集成』を読み返したり読書会で『第七官界彷徨』を扱ったりする以外は尾崎翠が自分の中でずっと宙ぶらりんになっていた。

 

そろそろ尾崎翠を本格的にやろう、と今日から『尾崎翠全集』(創樹社)を読み始めて、今日は『第七官界彷徨』を再読した。『第七官界彷徨』を読むのは、もう四度目だ。旧仮名遣いで尾崎翠を読むのははじめてで、これから読み進めて行くのがとても楽しみだ。

 

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