2021年 4月30日

ここ数日朝から(別々の)予定があって、行きの電車の中で日記を書くようになっている。今この映画を書いているのも電車の中だ。

 

昨日は朝から立川の国文学研究資料館に、ないじぇる芸術共創ラボ展「時の束を披く―古典籍からうまれるアートと翻訳―」を見に出かけた。

 

アニメ作家、画家、小説家、翻訳家など現在活躍しているクリエイターが日本の古典にインスパイアされて生み出された作品が並んでいた。僕は以前から山村浩二氏の「ゆめみのえ」(上田秋成『夢応の鯉魚』のアニメ化)に関心があって、それが観られて満足だった。アレンジが加えられていたが『夢応の鯉魚』の幻想的で、(柴田元幸の文学アンソロジーに収録されそうな)不思議なユーモアが柔らかなタッチで描かれていた。

 

順々に展示をみていると、一緒に見ていた(もう退任されたが)大学の先生が、ある襖絵に目をとめた。そしてこんなことをおっしゃった。

 

昔の人は、家の中にあるこういう絵からいろいろ想像をふくませたのでしょうね。絵じゃなくても、昔の家の天井は木の板だったりして、その木目なんかをみて、いろいろ空想するのが楽しかった。今の家にそういうものってあるの?

 

こういう着眼点は、文学研究者ならでは、という感じがしてとても面白い。

 

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