2021年 6月7日

 最近周りに創作をする友人が増えている。小説を書いたり絵をかいたりする友人、ゲームのシナリオをかいたり少女漫画の原作をかいたりする友人、音楽を作る友人、脚本を書いている友人、舞台美術をやっている友人、ダンスをやっている友人などなどいろいろ。

 

芸術というものになんとか接近しようと日々あくせくしている人間として、かれらを近く見るたびかなわないなあ、とうらやましく(うらめしく?)なる。「友がみな我よりえらく」なんたらである。

 

僕自身なんども創作を試みたことがある。はじめて創作(らしきもの)をしたのは高校生の頃。ギターで作曲をした。そのころ僕は音楽系の部活動に所属して、超一級の作曲家たちの曲を演奏していた。そういう作曲家のコード(あれをコードと呼ぶのかはわからないが)はやたらと複雑で、複雑なコードを持つ歌が好きだった僕は、部活で覚えたコードをもとに作曲まがいのことをした。しかし、複雑にしたから良い歌ができるというわけではない。そもそも複雑すぎて自分で弾けない曲が出来上がってしまった。当然、楽譜とにらめっこしながら弾けない曲を歌いながら弾けるはずはない。ボツになった。

 

次に創作に挑んだのは大学生のころ。懲りずにまた作曲に挑んだのである。ギターではなくDTMで。一番好きなドラムパターンに、当時始めたばかりのベースを重ね、ギターは地味めにコードを弾き(リードギターはどう入れていればわからず、ソロは無し、曲の随所に簡単に挿入した)、アクセントにキーボードを重ねた。このキーボードがくせもので、音色のコントロールや音の長さの調整が楽しくなって、(今思えばだが)くどいほど重ねてしまった。そして当時コーネリアスに心酔していたので大学に出かけて学生たちの声やエレベーターの音を録音し、サンプリングをした。こうして出来上がった曲を、京都で音楽をやっている友人にきかせると「頭おかしい」と真顔で言われた。今振り返ると陳腐なドラム、ベースパターンにミミズが必死にのたうちまわるようなキーボード、そして謎の人声がきこえてくる不気味なものになっていたのが分かる。

 

音楽はだめだ、と見切りをつけたわけではないが小説を書くことにした。ディテールは覚えていないがタイトルは『エレベーターガール』。ホールデン・コールフィールドのようなやたらと攻撃的な女子大学生が、ひとりきりのエレベーターを「アジール」として大学のなかで生活する話なのだが、上手くかけずに頓挫した。主人公の人物造形は当時ハマっていた村田沙耶香の影響が大きかったと思われる。

 

こう(傷跡に塩をぬるように)振り返ると、自分の創作というものは突発的というかミーハー的な動機が多く、あまり根気強く取り組むことができなかったことがわかる。これは能力以前の問題で、好みの段階でもうむいていない。つまるところ、僕は「自己表現」よりも「自己消去」(「自己抹消」?)が好きなのである。だいたいの創作活動においては「自己」を出すことがもとめられるが、僕のようなつまらない「自己」を出してもどうにもこうにもならない。その点、いま僕がなんとかかんとか取り組んでいる文学研究のいう営みは「自己消去」を許してくれる。勿論、テクスト論においては、テクストとともに「クリエイティブな読み手」が求められる。しかし、それは「自己表現」とはまるで違う。「テクスト」を活かす、より豊かなものにする、そこに創造力は必要だが、そこに「自己」「自分らしさ」は必要ない。これほど素晴らしい営みを僕は他に知らない。