2021年 6月10日

食事シーンが良い小説には名作が多い。

 

多分誰かがすでに言ってることだと思うけど、知らないので自説だということにしておく。音楽を描くのが難しいように、味覚を筆の力でたちあげるのはかなりの技量がいるだろうから、好い小説が書けるのは当然と言えば当然かもしれないけど。

 

たとえば、真っ先に思いつくのは岡本かの子『鮨』。昭和文学のアンソロジーにもよく収録される名品だが、拒食の湊少年が母親の握った鮨をたいらげる場面は良い。母が寿司屋の真似をして次々鮨を握るのがほほえましいしそれを次々食べる湊少年がもらす「ひ ひ ひ ひ ひ」という幸せな笑い声も、一度読んだら忘れられない。甘いものなら、やはり尾崎翠『アップルパイの午後』。最後、ネタバレになるから詳しくは書かないが、さいごアップルパイを食べる、この上なく甘美な場面はいつ読んでも頬がゆるみ、にやけてしまう。小説ではないが、エッセイで向田邦子がとても美味しそうな食事を描く。今手元にある『向田邦子 ベスト・エッセイ』の目次をみると「お八つの時間」「薩摩揚」「幻のソース」「水羊羹」「お弁当」など食事関係のエッセイが並んでいる。どれも中学のころ読んだもので、どれもうっすら覚えている。「薩摩揚」という言葉は向田邦子で知った。知り合いから送られてきた蟹が箱から脱走するおかしなエッセイも、たしか向田作品だったはずだ。